About me


2022/02
2022/02

TonyM -- Toshiya Matsushima -- 松島俊哉 [マツシマトシヤ]

Activity foothold: Kobe JAPAN

 


【 現 在 】
団 体: 特定非営利活動法人IMMC 副理事長(1996.2~) [2006.6.21 法人認証]

音楽を通して青少年を健全に育み、人々が心豊かで支えあう社会づくりに貢献する活動をしています。皆さんと一緒に手をとりあい、子ども達をすこやかに育み、より良い地域社会を作りたいという思いから、さまざまな子育て支援活動をしています。

           特定非営利活動法人アジアの水と循環型農業 副理事長(2022.11~) [2023.2.27 法人認証]

発展途上国の農山村地域の恒久的貧困に苦しんでいる人々に、電源等の動力を必要としない水撃ポンプを利用した資源循環型農業を普及し、自活による豊かな暮らしづくりの実現を目指すことを目的としています。

 

運 動: はるかのひまわり絆プロジェクト 主宰(2008.2~)

1995年の阪神淡路大震災後に、被災地で咲き ”復興と再生の象徴”として 「はるかのひまわり」と名付けられた、その種を全国に配布する活動を行っています。 全国で生育し咲かせていただく過程で、災害や命の尊さを再考する機会とし、 自らの元気を取り戻す、自己再生や復興。 また、身近な家族や友人を思いやる中での再生や復興。 さらに地元故郷の再生復興へと拡がることを願っています。

 

地 域: 神戸市立楠高等学校 学校評議員(2012.4~2026.3) 学校運営協議会 副会長(2026.4~)

都市部の定時制高校は様々な事情を持った多様性の湖。子どもたちの最後の砦。生涯学習の最初の一歩。こぼれ落ちた社会人のリハビリサイト。なにより、多様性に対応する教師の修行の場かも知れない。標榜する学校像は「他者と協働し、変化する社会に対応できる力と貢献する心の育成をめざす」。

 

社 会: 市民救命士(2023.9~)

     防災士  [No.273932]


【 過 去 】
仕 事: 精療クリニック小林 事務長(2014.4~2022.7)
     神戸電子パーツ株式会社 取締役 (1984.11 ~ 2014.3)

団 体: 認定特定非営利活動法人こうのとりのゆりかご in 関西
      監事(2016.9~2022.6)


 

デジタル名刺



【生き方】プリンシプル

 

 自らが源として共に勝つ環境を創造する

 

 ~ オンとオフのギャップを楽しみ おちゃめに生きる ~ 

 

※ 今年は一瞬立ち止まって自分自身を整理する機会に恵まれました。 すると、面白い生き方が見えてきました。「オンとオフのギャップを楽しみ  おちゃめに生きる」 なるほど、うまく言い表していると・・・しかし、これってマイペース? でもしかし 新たなオンへの挑戦と オフの楽しみに取り組みます。(2007.12.31)

 

 

 


自らの生き方を標榜する上での外部に向けた活動や取組みについての記録なのですが、なんなんでしょうね 凝り性 なのかも でも、2014年以降は記録をやめました(;´∀`)


友人のblogを見ていて、あまりの空の青さにソソラレ
お山歩倶楽部に入隊?しました。

新参者がなんで真ん中で写るんでしょうね⇒
老体を鞭打つ姿がそうさせたのか
それとも単に厚かましいのか

でもすっかり馴染んでしまいました。 2007.9~
年末の忘年ハイクとオフ会ばかりだったのに、なんと2年ぶりに氷ノ山へ 翌日は足腰立たず。。(2020記載)

毎年恒例の忘年ハイク(神戸市 市ヶ原)
コロナが開けて久しぶりの山の忘年会。
久しぶりの登山(・・・というほどでもないけど)
筋肉痛にもならず、日頃の適度な運動が効いてる!?
(2023.12)


インラインスケートで出張や旅行先で街中を走り回ります。
 ★毎年恒例で大晦日にひとりでCityRUN。
最終目的地では明石の玉子焼きと ビールでひとり乾杯が年の締めくくり。

 

アグレッシブは間違いなく入院しそうだし
スラロームはみんなで遊ぶには楽しいけど
CITY-RUNは発見がある!
いつもは車で通過するだけのところでも
その街の風や匂い、状態や状況
さらに、人々との交流があったりして
ミクロかもしれないけれど、世界を知ることが
できるように思う。 素敵だ!
2004.9~

・・・大晦日追悼CITY RUN(神戸~明石間 約27km)は性懲りもなく、いまだに続いてる
    2020年末は西風強くはじめて明石からスタート(2020.12.31)
・・・20年目の2023年末も、走る気満々だったのに雨模様で走れず。。。
この20年で大晦日に雨が降ったのは第1回目と今回の20回目だけ。忘れもしない第1回目は、インラインスケートの師匠とともに初めての三宮~明石間の27kMくらいのシティラン。帰りはJRで帰りましたが、師匠が急に途中で降りてもう一回出発地点まで雨の中走ると言い出し・・・その年の大晦日は高熱が出て2日位までぶっ倒れていた苦い記憶があります。にも関わらず翌年からは一人で走ることになり20年続いてる。(2023.12.31) 

・・・21年目の2024年末は、なんと! インフルA型に罹患 orz 。。。

・・・22年目の2025年末は、事情によりウィールを携え徒歩で(泣)



#はるかのひまわり絆プロジェクト の活動

プロジェクト紹介動画  ㈱アイズガネッシュ様 制作

「はるかのヒマワリ絆プロジェクト」について 阪神・淡路大震災で亡くなった加藤はるかさん。彼女が暮らしていた自宅跡地に、震災の半年後、無数のひまわりが咲きました。このひまわりは「はるかのひまわり」と名付けられ、「震災の記憶を忘れずに、命の尊さを伝える」という理念のもと、その種は受け継がれてきました。 動画では、プロジェクトの始まりから、東日本大震災の被災地や海外にまで広がった活動、コロナ禍での工夫、そして医療従事者への感謝を伝えるための取り組みなど、さまざまな関係者の視点から『はるかのひまわり絆プロジェクト』の歩みを深く掘り下げています。 この活動は、単なる災害復興ではなく、人々と人が繋がり、助け合う「絆」の重要性を教えてくれます。種を植え、育てるプロセスを通じて、故郷を愛し、心豊かな地域社会を築くというメッセージが込められています。 「はるかのひまわり」は、単なる花ではなく、震災を語り継ぎ、人々の心を繋ぐ「絆」のシンボルです。この動画を通じて、その温かいメッセージを感じ取っていただければ幸いです。


手話パフォーマンス(米子市)

インドネシア 被災地に希望のひまわり(パル)

陛下が詠んだはるかのひまわり

米子「はるかのひまわり」10周年イベント

コロナ禍の校内コンサート(大阪市)

小山三中の心豊かな取り組み(栃木県小山市)